夢想神傳重信流について
仮令大罪人たりとも懇切に説法し善人に導く可し
東若久居合道サークルでは、居合の源流と言われる「夢想神傳重信流」を修業しています。正式な流名は「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流」ですが、現在では「夢想神傳重信流」略して「重信流」として広く知られています。当流は、抜刀術中興の祖林・崎甚助源重信から約五百年の長きにわたる歴史を誇る流派です。
流祖・林崎甚助源重信師は天文11年に奥州出羽国楯山の林崎村で浅野民治丸として生まれました。5歳の頃、父の数馬が坂上主膳に殺され、その仇を果たすべく武術の修業に励みました。14歳の頃、林崎大明神で百日参籠祈願に身体を注ぎ、林崎大明神の霊夢を蒙り、居合の極意「袈裟之一太刀」を授けられました。
「抜くな、抜かすな。斬るな、斬らすな。殺すな、殺されるな。仮令、大罪人たりとも懇切に説法し、善人に導く可し。万一従わずば、詮方なく袈裟打ちを掛けて成仏せしめよ。」
その後、名を改めた重信師が永禄4年に上洛し、京に隠れていた坂上主膳を見つけだし、仇を見事な太刀捌きで果たせました。
重信師が神様に伝授された居合から、田宮流、無楽流、一宮流、関口流、伯耆流などの数え切れないほどの流派と名人が生み出されました。文政年間に至り、重信師の居合は土佐藩に伝わりましたが、誤りなく後世に相伝するため、突如として親子兄弟たりとも相伝者以外の者は不見・不聞・不知の門外不出の流派となりました。
流祖以来、綿々と命脈を保ち大正5年12月に「最後の武芸家」と称された中山博道師は、板垣退助伯爵の紹介により、弟子を取らないことで有名な土佐重信流17世の細川義昌師へ起請文を起こして入門。大正11年中山師は総て相伝を了え18世を継承されました。山形県村山市にある林崎居合神社に中山師自らが「神傳重信流18世 有信博道」と著名した額がいまだに奉納されています。
その後、中山師は一子相伝門外不出の当流を山口県の木村榮壽師に伝えましたが、当流の全滅を恐れ、木村師に遺志を継ぎ時代の推移変遷に鑑みて夢想神傳重信流の公開に踏み切るよう命じました。木村師は、生涯かけて息子の茂喜師、そして額田長師と橋本正武師の三人に熱心に指南し、昭和49年山口県防府市に於いて「第一回特別夢想神傳重信流研修会」が開催され初めて当流が一般公開されました。榮壽師がお亡くなりになってから、木村茂喜・額田長・橋本正武の三師が当流の正統相伝に努め、今日に至って全国に当流が広まってます。
流祖・林崎甚助源重信師は天文11年に奥州出羽国楯山の林崎村で浅野民治丸として生まれました。5歳の頃、父の数馬が坂上主膳に殺され、その仇を果たすべく武術の修業に励みました。14歳の頃、林崎大明神で百日参籠祈願に身体を注ぎ、林崎大明神の霊夢を蒙り、居合の極意「袈裟之一太刀」を授けられました。
「抜くな、抜かすな。斬るな、斬らすな。殺すな、殺されるな。仮令、大罪人たりとも懇切に説法し、善人に導く可し。万一従わずば、詮方なく袈裟打ちを掛けて成仏せしめよ。」
その後、名を改めた重信師が永禄4年に上洛し、京に隠れていた坂上主膳を見つけだし、仇を見事な太刀捌きで果たせました。
重信師が神様に伝授された居合から、田宮流、無楽流、一宮流、関口流、伯耆流などの数え切れないほどの流派と名人が生み出されました。文政年間に至り、重信師の居合は土佐藩に伝わりましたが、誤りなく後世に相伝するため、突如として親子兄弟たりとも相伝者以外の者は不見・不聞・不知の門外不出の流派となりました。
流祖以来、綿々と命脈を保ち大正5年12月に「最後の武芸家」と称された中山博道師は、板垣退助伯爵の紹介により、弟子を取らないことで有名な土佐重信流17世の細川義昌師へ起請文を起こして入門。大正11年中山師は総て相伝を了え18世を継承されました。山形県村山市にある林崎居合神社に中山師自らが「神傳重信流18世 有信博道」と著名した額がいまだに奉納されています。
その後、中山師は一子相伝門外不出の当流を山口県の木村榮壽師に伝えましたが、当流の全滅を恐れ、木村師に遺志を継ぎ時代の推移変遷に鑑みて夢想神傳重信流の公開に踏み切るよう命じました。木村師は、生涯かけて息子の茂喜師、そして額田長師と橋本正武師の三人に熱心に指南し、昭和49年山口県防府市に於いて「第一回特別夢想神傳重信流研修会」が開催され初めて当流が一般公開されました。榮壽師がお亡くなりになってから、木村茂喜・額田長・橋本正武の三師が当流の正統相伝に努め、今日に至って全国に当流が広まってます。
業目録
同時に攻防できる昔ながらの武士の業を継承
夢想神傳重信流には、様々な場面に対応する業があります。
■大森流抜刀之㕝
この居合は、当流九世の林師の剣術師である大森六郎衛門が編み出した業です。重信流の精神に則っり、初心者に覚えやすい故に江戸時代より当流の前業として行う。主に正座から行う業です。
初發刀 / 左刀 / 右刀 / 當刀 / 陰陽進退 / 流刀 / 順刀 / 逆刀 / 虎乱刀 / 抜打
この居合は、当流九世の林師の剣術師である大森六郎衛門が編み出した業です。重信流の精神に則っり、初心者に覚えやすい故に江戸時代より当流の前業として行う。主に正座から行う業です。
初發刀 / 左刀 / 右刀 / 當刀 / 陰陽進退 / 流刀 / 順刀 / 逆刀 / 虎乱刀 / 抜打

■英信流抜刀之㕝
重信師より段々相伝された居合で、かつて重信流前業でした。七世の長谷川師が達人であったため、のちに長谷川英信流としても称されるようになりました。主に立膝から行う業です。
横雲 / 虎一足 / 稲妻 / 浮雲 / 山下風 / 岩浪 / 鱗返 / 浪返 / 瀧落 / 抜打

■抜刀心持之㕝
様々な心得を業にし、格を放れて早く抜く業です。当流の奥傳とも言われます。
向拂 / 柄留 / 向詰 / 両詰 / 三角 / 四角 / 棚下 / 虎走 /
人中 / 行連 / 連達 / 行違 / 夜之太刀 / 追掛切 / 五方切 / 形十 / 放打 / 抜打 / 弛抜

■太刀打之業
打太刀と遣方、二人で行う鞘木刀を使った組太刀、いわゆる立合の業です。
出合 / 附入 / 請流 / 請入 / 月影 / 水月刀 / 独妙劔 / 絶妙劔 / 心妙劔 / 打込

■詰合
主に立膝から行う組太刀で、当流の極意です。
發早 / 拳取 / 岩浪 / 八重垣 / 鱗形 / 位弛 / 燕返 / 柄砕 / 水月 / 霞劔

抜刀兵法傳来
天眞正林崎明神から今日まで綿々と伝えられている当流の傳来
天眞正林崎明神
流祖: 林崎 甚助 源 重信
・田宮 平兵衛 尉 業正
・長野 無楽 入道 槿露斎
・百々 軍兵衛 尉 光重
・蟻川 正左衛門 尉 宗續
・萬野 團右衛門 尉 信貞
・長谷川 主税之介 英信
・荒井 勢哲 清信
・林 六太夫 守政
・林 安太夫 政詡
・大黒 元右衛門 清勝
・松吉 貞助 久盛
・山川 久蔵 幸雅
・坪内 清助 長順
・下村 茂市 定
・嶋村 右馬亟 義卿
・細川 善馬 義昌
・中山 有信 博道
・木村 心信 榮壽
・木村 右嶽斎 茂喜 ・額田 長 ・橋本 正武
流祖: 林崎 甚助 源 重信
・田宮 平兵衛 尉 業正
・長野 無楽 入道 槿露斎
・百々 軍兵衛 尉 光重
・蟻川 正左衛門 尉 宗續
・萬野 團右衛門 尉 信貞
・長谷川 主税之介 英信
・荒井 勢哲 清信
・林 六太夫 守政
・林 安太夫 政詡
・大黒 元右衛門 清勝
・松吉 貞助 久盛
・山川 久蔵 幸雅
・坪内 清助 長順
・下村 茂市 定
・嶋村 右馬亟 義卿
・細川 善馬 義昌
・中山 有信 博道
・木村 心信 榮壽
・木村 右嶽斎 茂喜 ・額田 長 ・橋本 正武